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水戸何陋会


【連絡先】湊 素仙

水戸何陋会の由来

 日本三公園の一つである偕楽園の好文亭内に、茶室何陋庵があります。
水戸九代藩主徳川斉昭(烈公)が天保十二年(1841年)に創設したものです。
 初代頼房公、二代光圀公(水戸黄門)以来代々茶道を好まれ、茶道教養の一助とされました。石州流流祖片桐石見守は摂津国に生まれ(1605年)、千利休の長男千道安の高弟の桑山宗仙に武家茶道を学び、茶の湯の本義が侘びの境地にあることを力説しました。石見守なので石州公といわれました。
公は大和小泉一万石の藩主であり、徳川幕府四代家綱の時から将軍家の茶道宗匠をつとめ「剣は柳生、絵は狩野、茶は石州」と謳われ、全国諸大名間に最もこの石州流が隆盛を極めるに至りました。石州流は全国各地に流派を確立し、家元制度ではなく現在に至っています。

 斉昭公は茶道が華美に流れず、まごころを以て修業することを論して、好文亭内の茶室の名前を論語から「何陋庵」と命名しました。何陋庵待合いは昔のままに復元され、その壁には斉昭公自筆の「茶説」「茶対」の額を掲げてあり、今も尚、昔の遺風を偲ぶ事ができます。

  明治時代になり、原尖庵の門人が相集い「何陋会」が結成されました。
その後明治四十二年春、飯村丈翁外有志が再興し、時代の推移と共に盛衰を重ねつつ今日に至り、平成十一年創立九十周年記念式典が執り行なわれました。
 永年にわたり、「梅まつり茶会」「萩まつり月見茶会」など偕楽園の宴に華を添え、広く水戸市民に親しまれております。

水戸何陋会小系

千利休(宗易)⇒ 千道安 ⇒ 桑山貞晴(宗仙)⇒ 片桐石見守貞昌(宗関)⇒
清水動閑(伝習庵) ⇒ 清水道竿(釣玄)⇒ 清水道簡(直玄)⇒
仙石淡路守政寅(徳玄)⇒ 田中素白(澤玄) ⇒ 吉田瑞雪齋(蘭皐) ⇒
藤村吉兵衛(朴齋)⇒ 原圭一郎(魯齋)⇒ 原昌蔵(尖庵)⇒ 大内榮(適齋)⇒
軍司安吉(素齋) ⇒ 富田伝兵衛(素拙)⇒ 富田さと(素雪)⇒ 富田智枝(素水)

教室(社中)

■若松素栄社中 ■小口素洋社中 ■武藤素風社中 ■富田素水社中
■田崎椿雪社中 ■山中素光社中 ■菊池素芳社中 ■久保素桂社中
■湊素仙社中 ■澤田素南社中 ■鈴木素香社中 ■清水素然社中
■金沢素月社中 ■竹内素琳社中 ■草壁素園社中 ■中山素玄社中
■立原素斉社中 ■平嶋素苑 社中 ■児玉素峰社中 ■廣實素玉社中
■根本素真社中 ■大枝素春 社中

 

行事